ヤンチヤ焼き

3月のお茶会に行ってまいりました。そこで深く考えさせられた出来事が3つありました。
 

2011.3.11 気仙沼の炉縁


2011年3月11日に発生した『東日本大震災』から6年が経ちました。こちらの炉縁は甚大な被害を受けた気仙沼市の木材から作られました。震災により使い道の無くなった木材を「何かに役立て欲しい」との現地からの想いだったそうです。『気仙沼』と奥に文字が見えます。そして手前には写真では隠れていますが『宮城』と彫られています。

『モノを使う』ことの奥深さを考えさせられました。以前、ある能楽師の方が「面は、使われないと表情が失われしまう。」と仰っていましたが、モノは『使われる』ことで命を宿すのかもしれません。
 

春が来た、茶碗


こちらの茶碗を初めて見たのは4年前。『茶碗は季節を表す』ことは何となく感じていましたが、この茶碗が目に入ったとき「そういう方法があるのか」と衝撃を受けました。下地のピンクが春を表現しているのは分かり易いですが、その上に楽譜も描かれています。何の曲だと思いますか? 童謡の『春が来た』なのです。
 

ヤンチヤ焼きに見えた覚悟と自由、責任。



 
上の写真にあるシマウマのようなモノは『水指』。作者は『宗芯』です。本名は『塩月弥栄子』さん、裏千家14代 淡々斎の娘さんであり、裏千家15代 鵬雲斎のお姉さんにあたります。生前は本も多数出版されるなど、いわゆるタレント的な活動も精力的にされていたそうです。

『ヤンチヤ焼』と2枚目の写真に見えると思います。『ヤンチヤ焼』は何だと思いますか? 私はどこかの地名だと勘違いしていました。じつは、宗芯さんは自らの性格をヤンチャということで『ヤンチヤ焼』と命名していたのでした。

型にはまらない思考で破天荒。家元出身であり、まして女性に自由が許されない時代で、好きに生きるというのは、いったいどれだけの覚悟があったのでしょうか。覚悟と責任があるから自由でいられる。ただの破天荒な人が、人の心をゆさぶるモノを作れるわけないですよね。蛇足ですが、私は『オモシロ焼き』として頑晴ります。